私の在処

漫画とかアニメとか、たまにスポーツのこととかについての日記(多分)
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「AIR」二次創作「うつせみのうた。」(後編)

「…あの子の所へ案内するわ。」
妙にかすれた声で舞夏はそう言った。

彼女の病室は個室だった。そこは中途半端に広く、がらんとした雰囲気があった。気の利いたものは何もおいていない、無機質で空疎な空間。

その奥の方。窓辺に大きめのベッドが見えた。

その上で彩佳は眠っていた。
点滴の器具を脇に置いて。
彼女は静かに眠っていた。

「彩佳はずっと目を覚まさない。」
「…。」
「こうしてもう一週間…。」
舞夏は深く溜息をついた。
「彩佳は、私達を、この世界をずっと拒絶したままなの。」

「…この子は帰りたがっているよ。多分、帰り方が分からなくて迷っているだけなんだ。」
「この子が目覚めるまで、僕は待つよ。」
「…。」
「この子はきっと眼を覚ます。だって、独りは何より辛いもの。」
「…それは…。」
「一樹がいて、父さんが居て、母さんがいて。」
「でも、僕もずっと独りだった。ずっと、ずっと独りだった……。」
「でもそれは誰のせいでもない。」
「誰のせいでもないんだ。」
彩佳の手を隆史は両手で握りしめた。

「君が目覚めたら、僕は君に伝えたい。」
「もしかしたら君には、なんのことかわからないかもしれない、意味のないことかもしれない。僕の勘違いもしれない。でも…それでも、僕は君に伝えたい。」

「君は独りなんかじゃないんだ、と。」

「蝉の抜け殻には、幼虫の間ずっと焦がれ続けた想いがつまっている。」
「だからこそ、蝉は蝉になれるんだ。その想いは蝉にとって必要なものなんだ。」

「そして、その時、僕は君の名前を呼びたい。」
「夢の中でいつも呼んでいた名前を呼んでみたい。」

「ねぇ、彩佳…。」

やがて、隆史の手の甲の上にもう一つ手が重ねられた。

「私も、もう一度彩佳に伝えたい。」
「おねえちゃん、ずっとごめんね。ありがとうって。」

やがて、
微かな光が部屋を包み始めた。
そして、
さらにもう一組の手が被せられた。

半分透き通った手。

隆史が顔を上げる。
背に翼の生えた少女。
その顔に、少年はかすかに見覚えがあった。

「み…」

通常の声ではない少女の声が頭の中に響いた。


忘れ物を、取りに来たの…。




私は観鈴と言います。はじめまして。隆史君、そして舞夏ちゃん。


翼の少女、観鈴は小さくお辞儀をした。

何が起きているのか理解できないままの二人に向かって、観鈴は語りかける。


ごめんなさい。あなたたちには辛い思いをさせてしまいました。全ては私のせいなんです。



私は7年前に死にました。翼人の記憶、この星の記憶を抱いて。
私が全て持っていけば、もう誰も苦しまなくてすむ、そう思ったから…。
私はずっと苦しかった。好きなひとが出来て、友達になれると思うたびに身体が震えるの。
吐き気がするの…。涙が止まらなくなるの……。本当に辛かった。


舞夏はそれを聞き、顔をゆがめ俯いた。
隆史は黙りこくって観鈴の次の言葉を静かに待っている。


私は、何度も生まれ変わった。ある記憶と一緒に。
それは、この星の記憶。この星が生まれたときからの。
それを受け止めることの出来た者。
それが翼人。
翼人は星の思いをずっと受け継いできた。
でも、翼人は死に絶えてしまった。
ひとの争いに巻き込まれてしまったから。
そして行き場のなくなったほしの想いは人に宿るようになった。
でも人はそれを受け入れることが出来なかった。
受け入れる器が小さすぎたのよ。
私たちは星の記憶を夢として受け取ってきた。
でもそれが身体に大きすぎる負荷となった。
誰も全てを受け止めることが出来なかった。
星の想いはあふれ、こぼれて次の器を探す。
何度も何度も、ずっとその繰り返しだった。
 そして、私、みすずの番が来た。



私も、耐えきれず力つきてきた幾人ものひと達の記憶を夢に見るようになった。
翼の生えた女の子のことも。
段々とわかってきた。
この星の記憶を全部受け止めることが出来たら、
このほしは、ひとを認めてくれるんだと。
ひとをゆるしてくれるんだと。
私はがんばった。次のわたしが苦しんだりしないですむように。
こんなにつらいのが私で最後になるように。
駄目になりそうになったとき、往人さんが助けてくれた。
がんばれって、手をにぎっててくれた。
あったかかったよ……。



そして、わたしは、自分の記憶をなくしちゃったわ。



そのおかげで、想いを最後まで受け止めるが出来たの。
自分の記憶をどかしたぶんだけ他のひとよりたくさん受け止めることが出来たの……。



でも、最後の最後で、わたしは、わたしだってことを思い出しちゃった。
わたしは……。わたしは死にたくなかった。



その想いが残ってしまったの……。わたしは普通に生きたかった。
普通にひとを好きになりたかったよ。
そう、例えば遠野さんみたいに……。


「遠野……。」
隆史は思わず呟いた。あのひとのことだ。夕陽をみていた彼女。


遠野さんはクラスメートだった。物静かで美人で頭がよくて。ああいう風になれたらってずっと思ってた。あこがれてたのね……。駅で往人さんと遠野さんが楽しそうに話してるのを偶然見かけたとき、わたしは……。



その想いがまたこぼれてしまった。そして、彩佳ちゃんに注ぎ込まれてしまったの……。


彩佳はどこかしら遠野美凪に似ていた。それが観鈴の想いを呼び寄せてしまったのだろうか。


ごめんなさい……。全部わたしのせいなんです……。

観鈴の声は消え入るように小さくなった。

隆史と舞夏は目を見合わせた。
隆史が口を開く。
「……彩佳を助けることは出来ないんですか。」


……私はほしの想いとひとつになることによって翼人へと転生しました。
今のわたしはひとの想いを直接別のひとに伝えることが出来る。
あなた達に、彩佳ちゃんの想いを伝えることも、そしてその逆も。



もし、それによってあの子の心を動かすことができたなら……。
でも……。


「……どうしたんです?」


……。


「お願いです。あなたの力を貸してください。このまま、彩佳が目覚めないままなんて、絶対にいやなんだ……。」
隆史が舞夏を横目でみる。

「……私も、いやです……。」
舞夏は目を閉じてまだ微かに震えながらそう答えた。


わかりました。
……ありがとう。

観鈴は隆史と舞夏の手を重ね合わせると彩佳の胸の上においた。
そしてそれでは始めますと声をかけた。

再び光の輝きが部屋を満たした。

その輝きの激しさに隆史と舞夏は思わず目をつぶった。

頭の中に声が響く。
彩佳の声だ。

ずっと思っていた。
私は誰にも何も期待されてないの。
私にはしてはいけないことがたくさんあるだけ。
身体が弱いから……?
そうね。
そう、だから仕方がないんだよね。

生きていてくれさえすればいい。
それがママの口癖。
いつのころからか、私はあきらめながら生きるようになった。
ママも舞夏も私のために、いろいろとしてくれてる。
私はせめて、出来るだけ生きようと思ったわ。
少しでも長く生きようと。
それがみんなへの恩返しになると、そう思ってたの。

私は、自分が他の子とは違ってるということを知った。
病気のこと。
そして、もう一つ。

そう。他の人は風や木やそして虫さん達の声が聞こえないの。
 みんな普通にしゃべっているのに。
 他の人には聞こえないの。
 
 そのことを話したら、ママは、最初は笑いながら聞いてくれていたけど、
 そのうち、困った顔をするようになった。
 そして、
 嫌われちゃうからやめた方がいいわ。他の人には絶対言わないって約束して、
 と。
 その時は別にいいと思った。
 私は嫌われたくないの。
 それだったら誰にも言わない。
 それでいい。
 そう決めたの……。
 
 ママは言った。彩佳はかわいいから、笑っててくれればいいのよ。
 それだけで、みんな幸せな気持ちになれるんだからね。

 私が笑ってないと誰もが心配してくれた。大丈夫?気分が悪いの?ちょっと休憩する?
 そして、私が笑うとみんなほっとした顔でやっと笑ってくれた。
 
 だから、
 私は笑っていなくちゃいけないんだ。
 そう思ったの。

 私はどんなことがあっても、笑っていようと思った。
 それでみんなが幸せになれるんなら、それでいいと思った。
 
 ママもパパも、舞夏も、お兄ちゃんも、それでみんな幸せなんだと思ってた。

 でも、じゃあ、私は……?
 私はどうなんだろう。
 誰も本当の私を見てくれない。
 みんなは、私じゃなくて、私の笑顔が好きなだけなんだ……。
 
 当たり前だよね。
 こんな、すぐに熱出して、迷惑ばっかりかけるような子なんて、
 こんな、ありえない声が聞こえるようなヘンな子なんて……、
 好きになってもらえるわけないもの。
 誰も好きになってくれるわけないもの……。

 でも、そう、あの子は違った。
 浜辺で逢った男の子。
 嬉しそうにクワガタさんの話をしてくれた。
 私の中から素直に言葉が出てきた。
 セミさんの話をしても、本当に嬉しそうに聞いてくれた。
 わかってくれた。
 そう思った。
 
 その夜、熱を出したけど。
 全然辛くなかったよ。
 
 だって私は私だったもの。
 それに、私はひとりじゃないんだって、そう思えたの。
 
 一晩寝たら熱もひいた。
 私は毎日夕方になるとベッドを抜け出した。
 お昼間に大人しく寝ているのも我慢できた。
 あの子とおしゃべりするために、身体を休めないといけないもの。
 疲れると熱が出たけど、苦しくても我慢できたよ。
 ママに叱られても、平気だった。
 そうやって私は楽しい日々を過ごした。

 でも、五日後、身体が動かなくなった。
 熱が下がらない。
 舞夏が枕元で泣いていた。
 私の手を握って泣いていた。
 泣かないで、私は大丈夫だから。
 唇を動かすのも辛いけど、だいじょうぶだから、と囁いた。
 舞夏の手を一生懸命握り返した。
 私はだいじょうぶだからね。

 でも、今日は浜辺へ行けそうにない。
 今度いついけるかもわからない。
 あの男の子に心配かけてしまう……。
 どうしよう……。

 舞夏は私にたずねたわ。
 おねえちゃん、何か欲しいものある?

 わたしの欲しいのは元気な身体。
 あなたのその元気な身体よ……。

 でも、そんなこと言えるはずがない。
 言っても仕方がない。
 私はそのかわり、別のことを頼んだ。
 
夕方、私の代わりに浜辺へ行って、
 あの子に、心配しないように伝えて欲しい、と。

 舞夏はいいよ、と言ってくれた。
 私はもう口もほとんど動かせなかった。
 熱で頭ががんがんした。
 でも頑張って笑った。
 そして、それを最後に気を失った。

 私は街の大きな病院に移された。
 ここでお医者の先生のいうことをしっかり聞いて、おとなしくしていたら、
きっとよくなるから。
ママはそう言った。
ここにはあの子はいない。
 また、いつの日か、私はあの町に帰れるんだろうか。

舞夏に聞いた。
あの男の子のことを。

もう逢えないから、って言ってきた。
舞夏はそう言った。
あの男の子もわかってくれたって。

隆史は思わずえっ、と小さく叫んで横の舞夏を見やる。
舞夏は口元をゆがめ、顔を俯けた。


あの男の子も、わかってくれたって。
逢えなくても平気だから気にしないで、って言ってくれたって。

「わたしはおねえちゃんに元気になってほしかった。だから病院で病気を治すことだけ考えてほしかったの。だから嘘をついたのよ……。」
舞夏はかすれ行く言葉を絞り出すようにして紡いだ。
隆史は無言で彩佳の方をを再び見やる。

彩佳の言葉は途切れることなく続いていた。

さみしかった。
さみしかったけど、仕方がないと思った。
あの子は私がいなくても平気。
私が思うほど、逢えなくてもさびしくない。
私はやっぱりいらない子だったんだ。

私は、しばらく、何もする気がおきなかった。
すっとベッドの上で、
泣きたくても涙が出なかった。
ただ、喉の奥が締めつけられて、苦しかった。


そんな時枕元を見た。
ぬいぐるみのナマケモノさんがいた。
あの背の高い男の人がくれたぬいぐるみ。
誰かがおうちから連れてきてくれたんだ。
だっこした。
あったかかった。
さみしいよ。
さみしいよ。
さみしいよ……。

でもナマケモノさんはずっと
頑張れ、頑張れと励ましてくれた。
初めて逢ったときから、ナマケモノさんはずっと優しい。
ありがとうナマケモノさん……。

それで、私は頑張れた。
身体はなかなかよくならなかった。
ずっと熱は出るし……。

でも、少しずつ、身体の調子はよくなってきた。
そして、私は、この町に帰って来た。

私はそれだけで嬉しかった。
もう、それ以上のことは望まなかったんだ。

私は、死ぬために生きていた。
いつか来る死と常に一緒に。
そして、その時を少しでも先に延ばすように。

だから、全てを諦めていた。
それでいい。
私にとっては何もかも無理なことばかりなのだから。

私は退院の日、すぐに家を抜け出した。
中学校へ行ってみた。
ずっと夢見ていた場所。
同い年のひと達同士の何気ないおしゃべりの声、笑い声。
なにもかもが眩しかった。

そして、
あの場所へ行ってみた。
別に何かを期待していたわけじゃない。
でも、
あまりに何も変わらないその風景を見て、切なかった。
もの凄くせつなかった。

そう、私は変わってしまったから。

そして、そこで私は、再びあなたに出逢った。

一目見てすぐにあなただとわかった。
でも、信じられなかった。
そんなことって…。

でも、私はそのとき、もう一度私に戻ることが出来たの。
私は、もう一度生きてみようと思った。
もう一度心の底から笑ってみたいと思った。
上辺だけの笑顔じゃなく、本当に笑ってみたいと。
心の底からそう思ったのよ。


そして彩佳はゆっくりと目を開けた。

「彩佳…さん。」
「おねえちゃん……。」
二人がおずおずと声を掛ける。

彩佳の両手はそれぞれゆっくりとシーツの上を滑り、
二人へと差し伸べられた。

その小さな手を隆史は両手で包み込んだ。
舞夏も自分の手で握りしめる。

そして、彩佳は笑みを見せた。
儚げに小さく微笑んだ。

「河原崎さん、舞夏…。」
ちいさな声。

「ごめんなさい……。」

何が……?
隆史はそう聞き返したが、彩佳はそれには答えなかった。

そして、舞夏が、小さく叫んで倒れる。


いけない……!!


観鈴の叫び。
それと同時に、隆史の脳がもの凄い衝撃に揺さぶられた。
一瞬で意識がはじけ飛び、
そして、彼もその場に崩れ落ちた。

立ち尽くす観鈴。

彩佳ちゃん、あなた……。


彩佳はゆっくりと上体を起こすと、
観鈴を正面から見据えた。
さきほどの笑みは消えて彼女は完全に無表情だった。

観鈴は背筋に氷をつきつけられたように身ぶるいした。

彩佳は自ら閉じこめていた感情を急激に高ぶらせた。
そのことによって、その心に直接触れていた二人に急激な衝撃を与えることになったのだ。
そして、観鈴は自分の身体が消えかけているのに気付いた、

観鈴は小さくかぶりを振った。
観鈴にもつきつけられた彩佳の心。
そこに見えたのは……暗い絶望のみだった。

「あなた、二人に何をする気なの……。」

彩佳はまたゆっくりと笑みを浮かべた。

「それはこのひと達が知っていることでしょうね。」
きれいな凛とした声が病室に響いた。

「観鈴さん、ごめんなさい。ありがとう、私、本当に嬉しかったです。私は、あなた。そしてあなたは私だったものね……。さぁ、手を出して……。」

彩佳は手をさしのべる。

観鈴は気圧されながら、おずおずと片手を差し出した。
その手の平をを軽くぽんと叩いて、そっと手を引く。
そして彩佳は微笑んだ。

「あなたのバトンは私が受け取ったから。もう苦しまなくていいからね。」
優しい言葉。
「彩佳ちゃん……。」
観鈴は彩佳の笑顔をもう一度見つめ、
はにかむような笑顔を見せた。
そして観鈴はそっと彩佳を抱きしめた。
「……ごめん。ごめんね。」

「……謝ることなんてないですよ。」
「でも、でも……。」
「確かに、ずっと私、あなたのことが嫌だったかもしれません。あなたがいなければ、私がこんなに苦しむことはなかったのに、と。」
「……。」
「でも、今はそうは思わないんです。」
「……?」
「この間、病院の先生が教えてくれました。子供たちは生まれてくるとき、その子供を受け入れることの出来る親の元に生まれてくるものなんだよ、と…。」
「……!?」
彩佳は観鈴の背中に手をまわすと、ぎゅっと抱きしめた。
「それでわかったの。あなたが私を選んだのは、私だから。私ならきっと、あなたを受け入れることが出来るからなんだよ……。」
「彩佳ちゃん……。」
観鈴の声が涙でかすれる。
「ありがとう……。」
その言葉を残し、観鈴は彩佳に重なるように、彩佳の身体の中へと消えていった。

しばしの静寂。

「これでいい。これでいいのよ。あなたの想いも一緒に、ぜんぶ私が持っていってあげるからね……。」
また、薄暗さを取り戻した病室に、彩佳の声がぽつりと響いた。




隆史は眼を覚ました。
身体を起こす。
そこはあの砂浜近くの茂みだった。

彩佳も、舞夏も、観鈴と名乗ったあの少女もいなかった。

不意に頭の中に声が響く。

私達はここで出逢った。

「彩佳…。」

いきなり右手を掴まれて隆史はとびあがった。
振り向くと、そこに7年前の彩佳がいた。
小さな両手でしっかりと隆史の右手を握りしめている。
「ねえ、お話しましょうよ。」
彼女はにっこりと微笑んだ。


舞夏は眼を覚ました。
身体を起こす。
そこは、学校の体育倉庫の前だった。
傍らにボールが転がっている。
そばに隆史が立っていた。
無言で立ち尽くしている。
あの日の昼休みだ。

彩佳も、観鈴と名乗ったあの少女もいなかった。

いや、一方はそこにいた。
舞夏はそれに気が付いた。

二階の窓からじっと自分をみている視線。

彩佳がそこにいた。
舞夏の方をじっと見つめていた。

チャイムが鳴った。
彩佳の姿が窓辺から不意に消える。

いきなり背後から両肩を抱かれて舞夏はとびあがった。

「見ていたのよ、私…。」
振り返るとそこに彩佳の笑顔があった。乾いた笑顔。

「おねえちゃん……。」

「ずるいわよね。あなたは。」
「……。」
「普通に学校に行って、普通に勉強して、普通に部活をして、普通に人を好きになって……。」
「それがどんなに幸せなことか。」

「ごめん。ごめんなさい、おねぇちゃん……。」

「何をあやまるのよ。あなたは何もわるくないじゃない。あなたは「私のために」いろんなことをしてくれたじゃないの。」

「そう。あなたは昔からそうだったわね。」

「私から何もかも取り上げる……、私が本当に欲しいと思ったものはみんな独り占めにするのよ。」

「そんな……。そんなことないよ。」

「忘れたのなら、思い出させてあげる。」

「この間、私が学校で倒れた日よ。」

またも周囲は様相を変えた。
そこは学校の保健室。ベッドに彩佳が寝ている。
舞夏が枕元の椅子に座っている。
舞夏は口を開く。
「おねえちゃん、目が覚めた?」
軽く頷く彩佳。
「じゃ、おうちに帰りましょ。」
河原崎さんは……?
彩佳は呟いて、そして腹部を襲う痛みに顔をしかめた。

「彩佳。あの人のことはもう考えないで。」
「……。」
「お願い、おねえちゃんは自分の身体のことだけ考えて。」
「……。」
「あの人のことになると彩佳はおかしくなるのよ。昔からずっとそう。」
目を逸らし顔をそむける彩佳。
「河原崎さんには全部話したわ。」
「……全部?」
「ええ、河原崎さんはわかってくれたわ。」
再び舞夏へと彩佳は視線を向けた。
「もう彩佳とは逢わないと、そう言ってくれたわ。」
「そんな……ひどい。どうして……。」
彩佳は上体を起こして舞夏に向き直る。
舞夏はその瞳を見つめて言った。
「彩佳……、あなた、あのひとを抱きしめてあげられるの?」
「……。」
「あの人に何をしてあげられるの……?」
「……。」
「あなたは、あの人にとって負担になるだけ。もうすぐインハイの予選だってあるのに……。」
「でも、でも……。」
「河原崎さんと逢うたびにおねえは体の具合を悪くする。」
「……。」
「私は、おねえの苦しむ姿はもう見たくないのよ。」
「嘘よ。」
「……何が……?」
「舞夏、あなたあの人のことが好きなんでしょう。だから、だからそんなこと言うんだ。」
「は?何を言ってるの……。」
彩佳は舞夏の肩を掴み、思い切り揺さぶった。
「そうなんだ。そうなんだ。舞夏、あなた、お兄ちゃんを私に取られたと思ったから。その仕返しなんでしょ。そうなんでしょ。」
「いい加減にしてよ、彩佳!!」
「わけのわからないこと言わないで。私は河原崎さんのことなんてなんとも思っちゃいない。」
「私のことが嫌いなら、はっきりそう言ってくれればいいのよ。」
「ええ、嫌いだわよ。そんな聞き分けのない彩佳は大嫌いだわ。河原崎さんだってそうよ。あんたと逢わないで、って言ったら、すぐに納得してくれたわ。あの人にとって彩佳はそれだけのものでしかなかったのよ!!」

「……。」
彩佳は呆然と舞夏の顔を見つめて、そして、ベッドの上に身体を折り、突っ伏した。

そして、激しく嘔吐を繰り返した。
発作は止まる兆しを見せなかった。


その情景を眺めながら現在の二人は立っていた。
舞夏の耳元で彩佳が笑う。
「あなたの言う通りだったのでしょうね。勿論。」
「……。」
「でもね。私は、それで何もかも失ってしまったのよ。」
「それまで少しずつ積み上げてきたものを、生きる意味を失ってしまった。何をする気力もなくなった。全てがどうでもよくなった……。」
「……。」
「あなたにはわからないでしょうね。」

「……わかるわけないじゃない!!」
たまりかねて舞夏は叫んだ。
「もういい加減にしてよ、おねえちゃん……。」

「ここではっきりさせてよ……。」
「な、何をよ……?」
「舞夏、好きなんでしょ、河原崎さんのこと。」

「なんのことよ……。」

「どんなに隠しても無駄よ。」
「……。」
「だって、私たちは双子。貴方は私、私は貴方。私たちは元々、一つだったのだもの。」
「……。」

「あなた、あの時と同じ眼をしてた。お兄ちゃんのときと。」
「やめて……。」
舞夏は耳をふさぎ、そして床にしゃがみこんだ。
「舞夏、あなたはずっと私のこと嫌いだったんだよね……。」
頭上に、彩佳の声が小さく響く。
舞夏は我知らず叫び声をあげていた。

「違うわ。」
「違くない。」
「違う。」
「違くない。」
「違うわ……。」
「違くない。」
「……。」

「ねえ、もういいでしょ。」

「……?」

「さよなら。」
彩佳は舞夏を抱き寄せるとその頬に口づけた。
「もう、何も我慢しなくていいからね。」



「……ねぇ、お話しましょう。」
振り返り、彩佳をみつけた隆史は戸惑った。
彼女は7年前の彼女だった。

周囲を見回す。そこは……懐かしい場所。

「そう、ここが私たちの出逢った場所。」
隆史の心の中を見透かしたかのように、彩佳は呟いた。
「ようやく、逢えたね。」
いつもの小さな声だった。
「楽しかったあの時……。」
少女は隆史の腕を両腕でぎゅっと抱きしめた。
「逢いたかった。」
「寂しかった。」
その小さな身体を震わせて少女は泣いた。

隆史はしゃがみこむと左手で少女を抱きすくめた。

「僕も、ずっと会いたかった。ずっと。」

「ごめんなさい。」
「ごめん……。」
二人の言葉が重なる。
「ごめんなさい、私、身体を悪くして…、ずっと会いに行けなくて……。」
「いや、悪いのは僕だよ。心のどこかで逃げていたんだ。ずっとそばにいるって約束したのに……。ごめん……。」
少女はかぶりを振った。
「ごめんなさい。私、本当はお別れを言いに来たの。」
「……?」
「私は、あなたに好いてもらえるような子じゃないから……。」
「……?」
「私の前ではみんな何かを我慢しなきゃならないよね……。」
「もう、誰も私のせいで辛そうな笑顔をしたりしてほしくない……。だからさよならなの……。」

しかし少女はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。
少年が固く固く彼女を抱きしめていた……。
「お願いだから、行かないで……。それがわがままだってことはわかってる。でも……。」
「もう一人はいやなんだ……。」

少女の首筋に熱く冷たい涙が滴り落ちた。
少女は微かに微笑んだ。
「みて、たかしくん。」
少女は遙かな水平線の彼方を見つめていた。
少女を横抱きにしながら、隆史もその視線の先を振り返る。
「ほら、夕陽がきれい。」

あの日の夕陽。彼女の見なかった紅く輝く太陽。
その眩しさ、愛おしさに少年は眼を奪われ、
そして時を忘れた。

「きれいだね……。」


「隆史さん、あのね……。」
それだけ言って、彼女は顔を赤らめた。
あの……、その……。
言葉が出てこないようだった。

やがて、
限りなく微かな声が、
少年の耳元でかすれた。



わたしね、今、とってもしあわせだよ。


そして、少年はそれに気付いた。
彼の腕の中で、いつしか彼女は現在の姿へと戻っていた。
微笑んだまま、彼女は。

彩佳は……。




























隆史はゆっくりと眼を覚ました。
誰かの声がきこえている。
舞夏だ。
泣きじゃくっている舞夏の声だ。

そして気付いた。
隆史の手を精一杯の力で握って離さない、か細い白い手のことに。

そして顔をあげ、見つけた彼女の顔……。

満ち足りた笑顔。
満面の笑み。
幸せそうな笑顔がそこにあった。


彼女は息をしていなかった。
ただ静かに彼女はわらっていた。

本当に幸せそうに笑っていた。


























夏は終わった。


今日も隆史は堤防の上で夕陽をみつめていた。

変わらない夕陽。

彼女がいなくなっても、やはり何も変わらない夕陽だった。

変わらなく美しくて、そして胸を締めつけた。

いつしか、隣りに少女が立っていた。
風になびく長い髪。
白いワンピース。
麦藁帽子。

隆史は少女に呼びかける。
「どうした?彩香……。」

少女は答える。
「お母さんが呼んできてって。お父さんいつものとこにいるだろうからって。ご飯だよ。」

「ああ。ありがとう。」

「ありがとう、彩佳。」
口の中で呟く隆史。

「お父さん……? なに……?」
「あ、いや、なんでもない。今日の晩ご飯なんだろな。」
「カレーだよ。私、ちゃんと手伝ったんだよ……。」
「そうか……偉いな彩香は。」
「それとね、お父さん。」
「……なんだい?」

「あのね、あのう、私ね、好きなひとができたんだよ。」

隆史は一旦驚いた顔をし、そして泣き出しそうな顔をし、
そして最後に心から嬉しそうな顔で笑った。

「それはそれは……、おめでとうな。」
隆史はしゃがみこんで彩香を抱きしめた。
そのはずみで麦藁帽子が外れ、あごひもでぶら下がり、少女の小さな背中の後ろで静かに揺れた。
「お父さん、ひげが痛いよ。」
少女が抗議の意を示す。
「ごめん、少しの間だけこうさせてくれないか。」
「もう……、しょうがないなぁ。」

やがて、隆史は彩香の肩に手を置くと、ゆっくりと立ち上がった。
ズボンの埃を払う。
そして夕陽を振り返った。

「彩佳、君はずっとおとなの蝉だったんだよ……。そう、きっと最初から。それは君が生まれたときからずっとなんだ。それは誰だっておんなじなんだよ。」

微かな声はゆるやかな風に溶ける。
そして風は夕凪のさざ波に溶けて消えた。


「さ、帰ろうか。」
「うん。」
そして二人は堤防の向こう側へ姿を消した。

波が静かに音を立てた。
波打ち際に女の子が立っていた。
その背の翼は夕陽に黄金に映え輝いた。

少女は静かに微笑むと、翼をはためかせ、ゆっくりと舞い上がった。
遙か空の上へ。
高く、高く。

だが、男はもう、それを見ることはなかった。
二度と振り向くことはなかった。

ただ、変わらぬ夕陽が、浜辺を鮮やかな紅に染め上げていた。

(終)

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